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Critical Infrastructure · Network Security

重要インフラ事業者のネットワークセキュリティ実践ガイド
— 境界防御の高度化編 —

従来型のオンプレミス構成(AD を頂点とするサーバー/クライアント、インターネット出口に Proxy と Firewall)を維持したまま、兼任3名で現実に回せる強化策だけを選び抜いた実践ガイド。ゼロトラストは目指す方向として意識しつつ、前提にはしない

構成:オンプレAD+Proxy/FW境界 公開サーバー:社内に置かない 体制:インフラ兼任3名 方針:境界防御の高度化(脱・ZT前提)

0前提とアーキテクチャ

本ガイドが対象とするネットワークの全体像。ここに書かれていない構成(大規模SOC、フルクラウド、ゼロトラストアーキテクチャ)は前提にしない。

インターネット 脅威はここから来る 公開Web・メール 外部ホスティング/クラウド =社内には置かない 境界(本ガイドの主戦場) Firewall / UTM 入口・出口とも deny-by-default Proxy Server 認証・URLフィルタ=出口対策の核 VPN MFA必須 社内LAN(セグメント分割して守る) サーバーセグメント AD(最重要)・ファイル・業務 管理は管理端末からのみ クライアントセグメント 全端末 EDR+標準ユーザー 端末間通信は抑制 攻撃者の狙い:境界を越える → クライアントに足場 → 横移動 → AD 掌握。この連鎖のどこかで必ず断ち切る。
通信経路 攻撃者が狙う横移動(抑止対象)
公開サーバーを社内に持たない方針は、この規模では最良の設計判断。攻撃対象面(アタックサーフェス)が構造的に小さく、DMZ の運用負荷も発生しない。本ガイドではこの原則を「維持する」ことも対策の一部として扱う(→ 3章)。

1基本方針 — 「侵入される前提」で境界防御を高度化する

ゼロトラストが望ましいことは理解した上で、現在地は従来型の境界防御。この過渡期に取るべき戦略を最初に固定する。

1-1. なぜ「境界防御の高度化」なのか

ゼロトラストへの全面移行には、ID基盤の刷新・全アプリのアクセス制御再設計・SASE等への投資と、それを設計運用できる人員が必要になる。兼任3名の体制で中途半端に着手すると、境界も内部も守り切れない「二正面作戦」に陥る。本ガイドは逆に振り切る:

1-2. 3名体制の大原則

原則意味すること
24時間365日を自前でやらない監視・検知の一次対応は外部(MDR等)に委託する。深夜のアラート対応を3名で持続するのは不可能であり、無理な内製は「アラートを見ない運用」に堕ちる。
人が見なくても効く対策を優先設定で恒久的に効くもの(deny-by-default、MFA、セグメント分割、自動パッチ、イミュータブルバックアップ)を、人が毎日見るもの(ダッシュボード)より優先する。
内製は「設計・判断・復旧」に集中自社ネットワークの正常状態を知っているのは自分たちだけ。トリアージ後の意思決定と復旧作業こそ内製の価値。
やらないことを決めるフルSIEMの自前運用・自前SOC・24時間当番は「やらない」と明文化する。中途半端が一番危険。

2拠り所にする基準・ガイドライン

重要インフラ事業者には所管省庁・制度への説明責任がある。「なぜこの対策なのか」を語れるよう、公式文書に紐付けておく。

文書使いどころ
NISC「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」/安全基準等策定指針重要インフラ15分野共通の大枠。自社の分野別ガイドライン(所管省庁発行)と併せ、経営層・監査への説明の土台にする。
CISA CPG 2.0(Cross-Sector Cybersecurity Performance Goals)2025年12月改訂。重要インフラ向けに「コスト・効果・導入難易度」の格付き実践目標を列挙しており、小規模チームの優先順位付けに最適。本ガイドの選定基準もこれに整合。
NIST CSF 2.0統治(Govern)〜復旧(Recover)の6機能で自社の弱点を棚卸しする際の地図。年1回の自己評価に使う。
経済産業省「サイバーセキュリティ経営ガイドライン Ver3.0」経営層への報告・投資判断の共通言語。「重要10項目」を年次報告のフォーマットにする。
経済安全保障推進法(基幹インフラ制度)対象事業者は重要設備の導入・保守委託の事前届出が必要。機器更改・保守契約の際に必ず参照。
IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」ほか体制が小さい組織向けの具体的手順・様式集として実務で流用できる。

3境界の高度化 — FW / Proxy / DNS / VPN

「境界防御の高度化」の中身は、入口の強化に加えて出口の統制境界機器そのものの防御。近年の侵害は境界装置(VPN・FW)の脆弱性経由が最多クラスであることを直視する。

3-1. Firewall:入口だけでなく出口も deny-by-default

3-2. Proxy:既にある資産を「出口対策の核」に育てる

3-3. DNS:最も安上がりな検知・遮断レイヤー

3-4. リモートアクセス(VPN)と境界機器そのものの防御

境界装置は「守ってくれる箱」であると同時に、近年最大の侵入口。VPN・FW 製品の深刻な脆弱性の悪用は、公表から数日以内(時に公表前)に始まる。ここだけは「月例パッチ」ではなく緊急対応枠を設ける。

5エンドポイント — EDR は「MDR前提」で導入する

EDR の導入自体は必須レベルになった。ただし EDR は「アラートを出す装置」であり、見る人がいなければ価値は半減どころか偽りの安心になる。

結論:EDR は MDR(Managed Detection and Response)とセットで契約する。兼任3名で 24/365 のアラート監視・トリアージは不可能。深夜に始まるランサム展開を朝まで放置するくらいなら、監視・一次対応(端末隔離まで)を外部に委ね、自社は「隔離後の判断と復旧」に集中する。SOC の自社構築、フルSIEMの自前相関分析は明確に「やらない」

6内部ネットワークの分割 — 横移動に「段差」を作る

境界の内側が平坦(フラット)なままだと、1台の侵害が全社の侵害に直結する。ゼロトラストのマイクロセグメンテーションまでは行かずとも、VLAN と ACL でできる分割で十分に効く。

7ログと監視 — 3名の現実解

原則:「集めて残す」は全部やる、「常時見る」は外部に任せる、「自分で見る」は厳選する。ログはインシデント対応時に過去へ遡るための保険であり、毎日眺めるものではない。

7-1. 収集・保存(自動化して人手ゼロに)

ログ価値保存目標
EDR テレメトリ侵害調査の主役。MDR 契約内で保存されることが多い90日〜1年
AD/DC のセキュリティイベント認証・特権変更の追跡。4624/4625/4728系ほか1年
Proxy(認証付き)「誰がどこへ」の外向き全記録。C2・持ち出し調査の要1年
FW・VPN境界の出入り。VPN は認証成功/失敗と接続元1年
DNS クエリ安価で検知価値が高い。Protective DNS 側の記録でも可1年

7-2. 監視(見る仕事の分担)

誰が何を
外部:MDREDR アラートの 24/365 監視・トリアージ・端末隔離の一次対応。可能なら FW/VPN ログの監視オプションも同一ベンダーに寄せる(マネージドSIEM/XDR)。
自社:即時通知(数種のみ)①特権グループ変更 ②VPN の海外からの認証成功 ③サーバーセグメント発の想定外インターネット通信 ④バックアップ失敗。「鳴ったら必ず対応する」件数に絞るのが継続のコツ。
自社:定期レビュー(月1回・1時間)MDR 月次レポート、Proxy のブロック上位、FW ルール変更履歴、パッチ適用率。月例会議の固定議題にする。

8バックアップ — ランサムウェア前提の復旧力

境界がすべて破られた場合の最後の防衛線。重要インフラ事業者にとっては「サービスを止めない/早く戻す」責務そのもの。

9資産・脆弱性・メール・人 — 足腰の衛生管理

9-1. 資産管理と脆弱性管理

9-2. メール(初期侵入の最多経路)

9-3. アカウント衛生

10インシデント対応と外部連携

重要インフラ事業者は「検知後」の段取りまでが義務。3名で戦うために、初動を紙1枚に固めて全員が暗記レベルにしておく。

10-1. 初動フロー(紙1枚)

  1. 隔離:対象端末を EDR でネットワーク隔離(MDR に依頼可能な体制にしておく)。電源は切らない(メモリ証拠の保全)。
  2. 影響の当たり付け:AD 特権が触られた形跡(特権グループ変更・DC への不審ログオン)があるか最優先で確認。
  3. 連絡:社内エスカレーション(責任者→経営層)と、下表の外部連絡。「疑い段階で第一報」が原則。
  4. 封じ込めの拡大判断:VPN 全停止・インターネット遮断・セグメント遮断の発動条件を事前に決めておく(現場3名の裁量で即断できる権限委譲を平時に得ておく)。
  5. 復旧:8章の優先順位表に従う。再発防止は落ち着いてから。

10-2. 外部連携先(平時に整備)

連絡先目的・備考
所管省庁(分野別の報告窓口)重要インフラ分野ごとの報告義務・基準に従う。報告様式と期限を平時に確認しておく。
NISC/セプター(CEPTOAR)分野内の情報共有枠組み。注意喚起の受領経路としても登録。
JPCERT/CC・IPAインシデント報告・調整、注意喚起の購読。J-CSIP等の共有枠組みも分野により活用。
警察(都道府県サイバー窓口)ランサム・不正アクセスの被害届。ノーウェアランサム含め相談推奨。
IR(インシデントレスポンス)専門ベンダー平時にリテイナー契約または緊急連絡先を確保。事後に探すと初動が数日遅れる。サイバー保険の付帯サービスも確認。

113名で回す運用設計

対策は「導入した日」ではなく「回り続けた月数」で効く。内製と外部委託の線引きと、年間の運用カレンダーを固定する。

11-1. 内製/外部委託の分担

業務担い手備考
24/365 の検知・一次対応(EDR)外部 MDR端末隔離までの権限委譲を契約に含める
FW/VPN/Proxy ログの相関監視外部(任意)マネージドSIEM/XDR。予算次第で段階導入
脆弱性診断(外部公開面・年1回)外部ASM の月次スキャンとは別に専門診断
フォレンジック・本格 IR外部(リテイナー)平時契約。自社は証拠保全と社内調整
境界・AD・セグメントの設計と変更内製自社の構成を一番知る3名の主戦場
パッチ・バックアップ・アカウント棚卸しの運用内製(自動化前提)ツールで自動化し、人は例外処理のみ
封じ込め判断・復旧・経営報告内製権限委譲と手順書で個人依存を排除

11-2. 運用カレンダー(目安)

頻度作業
随時即時アラート対応(7-2の4種)/境界機器の緊急パッチ(72時間ルール)
週次パッチ適用状況とバックアップ成功の確認(各15分)
月次セキュリティ定例1時間(MDRレポート・脆弱性スキャン結果・アカウント棚卸し・例外申請レビュー)/ASM 外部スキャン
四半期PingCastle による AD 健全性診断 → 指摘の改善(4-4のループ)
半期FW ルール棚卸し/krbtgt リセット/標的型メール訓練
年次復旧演習(AD+基幹1式)/机上演習/外部脆弱性診断/NIST CSF 自己評価と経営報告/AD CS・委任・特権の総点検
属人化対策:上記すべてに手順書(実行コマンド・画面・所要時間つき)を用意し、年1回は「普段やらない人」が実施する。3名のうち1名が欠けても回ることを演習で確認しておく。これも重要インフラ事業者の可用性責務の一部。

12ロードマップ — 90日/1年/2〜3年

すべてを同時にはできない。効果/コスト/難易度(CISA CPG 2.0 の考え方)で並べた推奨順。

期間実施項目(上から順に)
〜90日
(お金より設定)
① VPN 全員 MFA ② FW アウトバウンド既定拒否+Proxy 強制 ③ Protective DNS ④ Windows LAPS ⑤ Domain Admins 削減と管理端末分離 ⑥ 特権変更アラート ⑦ PingCastle 初回診断(SYSVOL平文・MachineAccountQuota 等の即直せる指摘を潰す)⑧ バックアップのイミュータブル化確認 ⑨ 初動フロー紙1枚と外部連絡先整備 ⑩ Office マクロ既定ブロック
〜1年
(投資と体制)
① EDR+MDR 全台展開 ② セグメント分割(サーバー/クライアント/管理/ゲスト)と管理プロトコル制限 ③ ログサーバー整備と保存1年 ④ 認証プロキシ化+新規ドメインブロック ⑤ 復旧演習・机上演習の初回実施 ⑥ IR リテイナー/サイバー保険 ⑦ NTLM/SMB署名等の認証堅牢化 ⑧ DMARC 導入
2〜3年
(高度化と布石)
① サーバーへのアプリケーション制御(許可リスト) ② マネージドSIEM/XDR で境界ログも外部監視へ ③ EOL 機器の完全排除 ④ 無線の証明書認証化 ⑤ ゼロトラストへの布石:資産・ID 台帳の完全性、全クラウドサービスの SSO+MFA 集約、条件付きアクセスの試行——「境界の内側でも認証で検証する」文化を先に作る。SASE/ZTNA の本格検討は、クラウド利用比率が高まった時点で改めて判断
ゼロトラストとの関係(再掲):本ガイドの施策(MFA・最小権限・セグメント化・ログ・ID 衛生)は、そのままゼロトラスト移行の前提資産になる。「境界防御の高度化」は回り道ではなく、ゼロトラストへの最短の助走路である。

13総まとめチェックリスト

効果◎○、導入コスト(€=有償投資)、運用負荷(3名視点)で一覧化。年1回の自己点検にも使える。

対策効果コスト運用負荷
VPN の全員 MFA低〜中3
FW 出口 deny-by-default+Proxy 強制低(設定)3
Protective DNS3
境界機器の72時間緊急パッチ体制低(体制)3
Domain Admins 削減+管理端末分離(Tier 0)4
Windows LAPS無償4
特権グループ変更・DCSync 兆候アラート無償4
PingCastle 四半期健診(→指摘改善のループ)無償4
SYSVOL平文掃除・危険な委任排除・Protected Users無償中(初期)4
EDR+MDR(全端末・全サーバー)€ 継続費低(委託)5
標準ユーザー化+マクロ既定ブロック+ASR無償中(初期)5
セグメント分割+管理プロトコル制限低〜中6
ログ集約(AD/Proxy/FW/DNS・保存1年)7
イミュータブル/オフラインバックアップ+年1復旧演習€ 中8
資産台帳自動化+月次脆弱性スキャン+ASM低〜中9
SPF/DKIM/DMARC+報告文化の訓練9
初動フロー・外部連絡先・IR リテイナー・机上演習低〜€10

14参考資料

外部リンクは作成時点のもの。金額・製品名を出していない箇所は意図的(陳腐化を避け、方針として長持ちさせるため)。

関連ドキュメント